前口上
いきなり問題です。
「自動車は何で出来ている?」
鉄、アルミ、プラスチック、ガラス…素材という観点ならば、ほとんど100点満点だ。もちろん、設
計者、デザイナー、部品サプライヤー、組み立て作業者たちの手が加わって出来ているのは確かである。
「情熱
と文化がクルマを作る」という論調があるが、それは違う。情熱は成立させるための努力であり、文化は成り立ちのきっかけ、社会的要請にすぎない。
クルマ
を構成する数千の部品、全て数字がある。外見の寸法だけではない。材料の調合、機械的性質…ありとあらゆるものが数字によって構成されている。情熱
や感覚といった曖昧な部分は一片たりとない。
数字だ
けで全てを知る事はできない。
運転してみなければ分からないことなんて山のようにある。
だが、数字という設計の意図を読み取れば、乗らずとも見えてくるものもある。
カタログには寸法、エンジンの諸元などが記されている。それを読み取って、「運転する」とは違ったアプローチでクルマの本質を読み
取ってみたい。
FFとFR
先日、外出先で道を隔てた先に鮮やかな赤いハッチバックのクルマを見つけた。「お、(BMW)1
シリーズか。やっぱり赤は似合うな」
ところが、一瞬後におかしな事に気付く。そのクルマが置かれていたのは、メルセデス・ベンツ
(MB)のショウルームの前。何年か前にヤナセがBMWの代理
店権利を取ったとかいうニュースを聞いたことはあったが…、いや、もっと単純に考えてお客のクルマ?
自転車を止めてもう一度よく見る。グリルには例のスリーポインテッドスター。そうか、これが新
しいAクラスか。エヴァンゲリヲンファンの端くれとして、貞本義行氏プロデュースの例のスペシャルムービーは見ていたけど、実物を見るの
は初めて。Webなどの写真もじっくり見ているわけではない。
一瞬とはいえ、見間違えたのはなぜか。BMWは確かに赤が似合うドイツ車の筆頭だが、MBにだって
設定されているし、見かけることも少しずつ増え始めてい
る。逆にBMWだって明るい色ばかりではない。色の問題ではない。
Aクラスは今回のモデルチェンジで、これまで2代続いた二重床のシャシーを捨て去り、一気に全高が
下がった。
パラメータ |
先代Aクラス(A180 2010年モデル) |
新型Aクラス(A180 BE[※1]) |
差分 |
全長(m) |
3.885 |
4.29 |
+10.4% |
全幅(m) |
1.765 |
1.78 |
+0.8% |
全高(m) |
1.595 |
1.435 |
-10.0% |
容積(m3) |
10.94 |
10.96 |
+0.2% |
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※1:BE=Blue Efficiency
容積は全長、全幅、全高を単純に乗じたもので、感覚的な「大きさ」を単純・指標化できる。こうして
比べると、全長は0.4m、率にして10%以上伸びたの
に対し、全高が一気に10%も下がった。結果、容積はほとんど変わっていない。
全高10%減というのは数値以上に影響が大きい。地上高はほとんど変わらないから、「ボディの厚
み」という意味ではさらに低くなる。
今度は件のBMW・1シリーズと比較してみる。
パラメータ |
新型Aク
ラス (A180 BE) |
BMW 120i |
差分(対A180比) |
全長(m) |
4.29 |
4.335 |
+1.0% |
全幅(m) |
1.78 |
1.765 |
-0.8% |
全高(m) |
1.435 |
1.44 |
+0.3% |
容積(m3) |
10.96 |
11.02 |
+0.5% |
ホイールベース |
2.7 |
2.69 |
-0.4% |
車重(kg) |
1430 |
1420 |
-0.7% |
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プレミアムコンパクトで先行する1シリーズに真っ向勝負するためにMBがコンセプトから一新したの
か、求められる仕様を盛り込んだ結果こうなったのか定か
ではないが、いずれの数値も非常に近い。
しかし、この2台には決定的な違いがある。駆動方式だ。AクラスはFF(前輪駆動)、1シリーズは
FR(後輪駆動)である。それぞれのメリット・デメリッ
トは割愛するとして、車両のパッケージにも大きく影響を及ぼす。
一般的なFF車はエンジンとトランスミッションを同軸に繋いで横に向け、フロントタイヤの車軸より
前(オーバーハング)に置く。このため、フロントタイヤ
は後に追いやられ、ホイールベースの長さを確保しにくい。逆にFRは車軸の真上〜後ろに縦向きで配置する。自然とホイールベースは長くなり、フロントオー
バーハングを切り詰められる。
これが最も端的に現れるのが、フロントのホイールアーチとドア開口部の長さだ。比べれば一目瞭然。
ただし、ホイールベース(事実上、人が乗る居住空間の長さと言い換えられる。カタログにある「室内長」はアテにならないと認識すべし)はほぼ同値、Aクラ
スがリアオーバーハング(=荷物スペース)を削ってまで確保している。視覚面、運動性能面いずれも安定方向に振りたいがためだろう。
視覚に触れたついでに言えば、FFはオーバーハングの長さが前のめりな感じを助長させるため、鼻先
が重く見えてしまう。
このため、デザイナーはここが小さく見えるよう、プレスの入れ方、リフレクションに気を遣っている。Aクラスは真横から見た時こそ額面通りに長く見える
が、実車の真横〜クォータービューではそれを打ち消している。
(出典:メルセデス・ベンツ日本、BMW Japan各ウェブサイト、カタログ)
FFとFR その2
2012年末、トヨタ・クラウンがモデルチェンジして14代目となった。言わずと知れた国産アッ
パーミドル4ドアセダンの筆頭である。時代とともにボディ
サイズ、エンジンともに変わったが、FR駆動方式は一度も捨てられることなく受け継がれている。初代登場当時(1955年)
は工作精度、品質管理、使用条件諸々の理由でFF乗用車は事実上存在し得なかったが、半世紀の内に、逆にFRは今や少数派となってしまった。
さて、同じくトヨタにサイズが非常に近しいFFセダンがある。世界戦略車、カムリだ。
現行型の日本仕様はハイブリッド専用車として2011年に登場、過去数代の低迷を吹き飛ばすかのように好調なセールスを積み上げている。
サイズだけではない。新型クラウンのハイブリッドユニットは先代のそれを一新、2.5L4気筒エン
ジンを核に、モーターとお得意の遊星ギヤを使ったトラン
スファーでまとめたもので、カムリのユニットと非常に似ている。
まずはサイズから比較してみる。
パラメータ |
クラウ
ン・RS[※2]ハイブリッド |
カムリ・ハイブリッドG |
差分(対クラウン比) |
全長(m) |
4.895 |
4.825 |
-1.4% |
全幅(m) |
1.8 |
1.825 |
+1.4% |
全高(m) |
1.46 |
1.47 |
+0.7% |
容積(m3) |
12.86 |
12.94 |
+0.6% |
ホイールベース |
2.85 |
2.775 |
-2.6% |
車重(kg) |
1650 |
1540 |
-6.7% |
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※2=RS:ロイヤルサルーン
サイズはほぼ同じ、ホイールベースは先に解説した通り、パワーユニットを車両前端に置く分だけ正直
に短くなっている。これはパッケージに対する両者への要
求がほぼ一致していると見做すことができる(同一メーカーならなおさら)。
さて、大きな差がついたのが車重。わずかとはいえ容積の大きなカムリが、110kg、率にして
6.7%も軽いのだ。これがFFのメリットである。駆動シス
テムを一塊りにできること(出力を後輪に送るプロップシャフト一つ取っても結構な重量だ)、同条件下で車体後部の構造を簡略化できることがその理由。これ
らは重量のみならずコスト低減にも効く。
軽自動車の設計トレンド
TPP交渉参加で俄にその存在が取り沙汰されている日本独自の小型車規格、軽自動車。元々は四輪車
だけを想定したものではなかったものの、今や日本の自動車を語る上で無視することはできないほど存在感は大きい。
全長3.4m、全幅1.48m、全高2m、総排気量660cc以内の枠、さらに低価格であることも
求められた厳しい制約の下に各社が鎬を削る中、一部の特殊なタイプを除いて4つのグループに大別できる。
1.全高1.55m以内(=タワーパーキング入庫要件)の「セダン」型(ダイハツ・ミラ系、スズ
キ・アルトなど)
2.全高1.6〜1.7mの「ハイトワゴン」型(スズキ・ワゴンRを端緒に、ダイハツ・ムーブ、三
菱・iシリーズなど)
3.全高1.7m以上、うち多くはスライドドアを装備した「スーパーハイト」型(ダイハツ・タントを端緒に、スズ
キ・スペーシア、ホンダ・N-BOX系)
4.商用車(軽1BOX、軽トラック)
さて、ここでは1〜3に的を絞って考えてみよう。これらはいずれもFF(ならびにFFベースの4WD)で、NA(自然吸気)とターボ付きのエンジンを取り揃えている。
そして、スペックを並べてみると、いずれも全長、全幅が規格一杯で横並びなのは無論のこと、各メー
カーともグループの違いに関係なくホイールベース、トレッド値が同じとなっている。これは、同じシャシー(フロア)を使い、上屋を変えて車種展開している
証左である。さらに驚くべきことに、エンジンが共用なのは当然として、トランスミッション(パワートレインの高効率化を主眼にCVT-無段変速機が主流)
も、ギヤレシオ含めて全く共通。この「着せ替え人形」で下は800kg、上になると940kgにもなる車重のクルマの動力を賄っている。下はともかく、上
など「走らない」のは自明の理。重くなるのならそれに合わせて少なくともファイナルレシオを下げ、加速性能を補ってやらないといけない。
低コストで車種を増やし、顧客の取りこぼしを少なくする商品戦略はある意味、民間企業として、また一部は事実上の軽専業メーカーとして正しい。しかし、効率すなわち(現代の軽自動車にとって最大の商品力たるカタログ上の)燃費を重視するあまり、歪みが顕わになっている。